コラムを書いた人
伊藤政洋
トレーナーズラボ第14期生の伊藤政洋です。
ケトジェニックダイエットを開始してから10日ほど経過したある日、私は登山へでかけました。
脂肪燃焼のために良いエクササイズになるだろう思い、張り切って登ったのです。
ところが、このとき私はまだ生理学を学んでいませんでした。
結果、この登山は苦しいものになり最後は倒れてしまったのです。
お読みいただいてありがとうございます。
パーソナルトレーナーの伊藤政洋です。
前回のコラム【やさしい生理学】Vol.1では、私たちの体内で繰り広げられている栄養とエネルギーの循環について学んでまいりました。
今回のコラムではVol.1で学んだ生理学の基礎知識を実際の運動や活動に落とし込んで、理解を深めてみたいと思います。
冒頭に書きました登山の例から代謝の仕組みをおさらいし、ホルモンの働きまでご紹介いたします。
糖質(炭水化物)の摂取をできるだけ少なくし、タンパク質と良質な脂質を中心とした食事に切り替える食事コントロール方法です。
たんなる糖質制限と異なるところは、良質な脂質の摂取に重点をおくことによって、「ケトン体」の合成を活性化するところにあります。
私たちの身体は糖質を最優先で利用するエネルギー代謝システムを持っていますが、糖質を制限しケトン体合成を活性化することによって、脂質を利用するエネルギー代謝システムを優位に働かせることができます。
この状態を「ケトーシス」と呼び、体脂肪の効率的な燃焼をはじめとする様々な健康上のメリットを享受することができるのです。
登山道はゆるやかで、行程は3時間程度。
お年寄りやお子さんでも親しめるレベルです。
登山中は元気で体調も良かったのですが下山中に体調が崩れ、ふらふらしながらもかろうじて自宅にたどり着きましたがそこで倒れました。
このとき私の身体はまさしく「ケトーシス」状態にあり、体内の糖質レベルは極めて低く、「ケトン体」をメインエネルギーとして活動していたと考えられます。
肝臓にも筋肉にもグリコーゲンが残っていない状態です。
ゆるやかな登山道をゆっくり歩くだけであれば倒れなかったはずです。
ケトン体のエネルギーでちょうど良く有酸素運動をして帰れば良かったのです。
しかし調子に乗った私は山頂付近にある段差の高い石段を駆け登ってしまいました。
それはあたかもウォーキングランジを延々くり返すような運動でした。
つまり、グリコーゲンが枯渇しわずかな血中グルコースしか残っていない状態だというのに、調子に乗ってホスファゲン機構と速い解糖を使ってしまったわけです。
結果、極端な低血糖状態におちいり倒れこんでしまいました。
おまけに糖新生が加速し貴重な筋肉が多少なりとも分解されていたかもしれません。
それではふんだりけったりですね。
ケトジェニックはダイエット効果も高く、その他にも健康上のメリットが多いということで近年とても注目されています。
ぜひボディメイクにチャレンジする皆さまにもおすすめしたいですが、私のように無知なまま取り組むと、失敗してつらい思い出が残ってしまうかもしれません。
皆さんはそうならないように賢く生理学の知識を利用してまいりましょう。
私の失敗は運動強度とエネルギー供給機構の特性をわかっていないことでした。
また、約3時間という運動時間もまったくもってダイエット中にはふさわしくない、いたずらに肉体を消耗させるだけのものでした。
その理由は【やさしい生理学】Vol.1をお読みいただいた方にはもうおわかりかと思いますが、おさらいしてみます。
まず、「糖新生」の発生条件は、
「長期の飢餓状態」もしくは「90分以上継続される運動」でしたね。
ケトジェニック中で糖質制限をしながらさらに3時間もかけて登山をするとは、ダメな運動のお手本をやってしまいました。
私の肉体は相当消耗したことでしょう。
次に、私たちの身体には大きく分けて3つのエネルギー供給機構が備わっており、いかなる運動状態においてもどれかの機構が働いてATPを作り出してくれるのでした。
1. ホスファゲン機構
筋肉に貯蔵されているATPを利用し即座に運動が可能。
クレアチンリン酸によって瞬時にATPを再合成する。
2. 解糖系機構
体内の糖を代謝してATPを作り出す。
速い解糖と遅い解糖に分類される。
3. 酸化系機構
酸素が十分に供給できる状況下においてミトコンドリアがたくさんのATPを作り出す。
糖質の代謝が優先され、次に脂質とタンパク質が代謝される。
そして重要なのが、この3つのエネルギー供給機構はそのときの「運動強度」と「運動継続時間」によって切り替わるということでした。
【やさしい生理学】Vol.1ではその様子を「猛獣から逃げる人」のたとえ話でご説明をしましたが、今回はもう少しわかりやすく一覧表で表現してみましたので再確認をしておきましょう。
この知識を応用するとご自分の体調や栄養状態に合わせてエクササイズの内容を最適に調整することができます。
たくましく筋肉を発達させたいのか、ぽっこりお腹をひっこめたいのか、必ご自分の理想に合わせて必要とされる運動強度や運動時間について賢く組み合わせてまいりましょう。
ここまで、私たちの体内で起こっている代謝の仕組みについての学んでまいりました。
次にこの代謝そのものを起こさせるもの、コントロールしているものについてご紹介いたします。
たとえば、私たちが「長期の飢餓状態」におちいったときに、脳は血液中の糖(グルコース)が少ないことを感知し、「糖新生」を起こさせるよう身体に指令を出しますが、その指令を伝える役割をはたすものが必要です。
それが、情報伝達物質・生命のメッセンジャーとも言われる「ホルモン」なのです。
私たちの身体には100種類以上のホルモンが存在しています。
色々な情報を伝え合って私たちの成長や成熟、心の働きまで含めて生命活動の全てを支えてくれています。
ここではとくにボディメイクするにあたって関連の深いホルモンとその働きをご紹介します。
代謝の仕組みとホルモンの働きをあわせて理解すると、エクササイズの方法やライフスタイルまで洗練されていきますので、ぜひ注目してみましょう。
私たちがごはんやパン、うどんやフルーツなど、糖質をたくさん含む食べ物を食べると、血糖値が上昇します。
血液中に糖がありすぎると血管内部にダメージを負わせ、さまざまな弊害をもたらすので、すみやかに血糖値を下げる必要があります。
その役目を果たすのが「インスリン」。
血糖値を下げる働きをする唯一のホルモンです。
血糖値を下げるとはどういうことでしょうか。
なにも糖を消滅させるわけではありません。
糖を必要としているところに届ける能力をもっているのです。
例えば激しい筋トレによって筋グリコーゲンが枯渇して、筋肉が疲れている人がおいしいアンパンを食べたとしましょう。
アンパンは血糖値を上昇させ、それに応じてインスリンがすい臓から分泌されます。
インスリンは真っ先に疲れた筋繊維に働きかけ、血液中の糖を吸収するように促してくれるのです。
この働きによって枯渇した筋グリコーゲンが再構築されていきます。
しかもそれだけでなく、血液中にアミノ酸などの栄養素がある場合には糖と同時に吸収させ、損傷した筋繊維の再合成をも促してくれるのです。
このような働きは、肝臓を始めとするあらゆる臓器でも行なわれ私たちの生命活動を支えてくれています。
最後に、使い切れなかった糖はどうなるのでしょうか。
インスリンはそれもきれいに片付けてくれます。
余った糖は脂肪細胞へお届けし、中性脂肪へと合成・貯蔵してくれるのです。
「ああ、脂肪はいらないから捨てちゃって!」
と言うわけにはいきません。
インスリンはまるで体内のスーパー家政婦さんのようで、ものすごい働き者です。
私たちはいつもたいへんお世話になっているのですね。
あまり無茶をやってインスリンさんを疲れさせないように気をつけましょう。
インスリンとまったく逆の働きをするホルモンです。
同じくすい臓から分泌されますが、血糖値を上げる働きをするのです。
血糖値が低すぎるのもまた様々な弊害をもたらすので、バランスを保つことが大切です。
血液中の糖が少なくなると、グルカゴンはまず肝グリコーゲンを分解し血糖値を上げようとします。
それでも足りない場合はいよいよ「糖新生」によって筋肉を分解し、強制的に糖を作り出そうとします。
私たちトレーニーはこの糖新生で筋肉が減るのが嫌なので、食事をこまめに摂って血糖値を安定させることに気を配っているのです。
登山をしていた私の体内ではおそらくこのグルカゴンが出まくっていたのではないでしょうか。
その名のとおり骨や筋肉、内蔵・各器官を成長・発達させるために働くホルモンです。
「成長」といっても若年者だけに有効なものではなく、年齢を重ねてからも生涯にわたって代謝を支えます。
その働きは多岐にわたりますが、特に注目すべきはタンパク質合成を促進し筋肉を増強させることでしょう。
また、体脂肪を分解する働きもありますのでボディメイクにとって最も大切なホルモンと言えるでしょう。
「エネルギー機構」のセクションで学んだ「速い解糖」を思い出してみましょう。
数十秒から2分程度で限界が来るような「きつい運動」をしているときに働くエネルギー機構でした。
筋グリコーゲンが消費され、乳酸が血液中に増えてくると脳下垂体からこの成長ホルモンが分泌されるのでした。
ボディメイクの現場では、漠然と「きつい運動」をしなさいと言われても困りますよね。
最も効果的に乳酸を蓄積させ成長ホルモンの分泌が一番高まる運動強度や休息時間をコントロールする必要があります。
私たちパーソナルトレーナーはこの生理学の知識をもって、お客様に運動処方をさせていただくのです。
またこの成長ホルモンは睡眠時に最も多く分泌されることがわかっており、22時~深夜2時頃までが分泌のゴールデンタイムだと言われています。
トレーニングをされている方は22時~深夜2時までの間に熟睡ができるよう、コンディションを整えることが理想とされています。
筋肥大にとっても体脂肪燃焼にとっても、睡眠はもっとも重要な要素の一つです。
身体は睡眠中に作られるのです。
男性ホルモンの一つとして最も有名ですが、わずかながら女性でも分泌されると言われています。
その働きは成長ホルモンと似ており、骨や筋肉の発達や体脂肪の分解を促進します。
また成長ホルモンの分泌そのものを促進する働きもあり、相乗効果によってより男性らしい強度のある大きな骨格や筋肉を形成するように働きます。
一方で大脳にも強く作用し、ポジティブな思考や高い集中力を維持したり、バイタリティあふれる態度やリスクを恐れない決断などにつながる精神面への作用も大きいとする説があります。
主に大筋群を使う高強度筋トレによって分泌が活性化し、複数エクササイズの組み合わせや、休息時間の制限によりさらに分泌濃度を上昇させることができると考えられています。
ただ、そのレベルのエクササイズはとてもきついものですので、全ての人におすすめできるかどうかは判断が必要です。
最近では個人の体力レベルに合わせた無理のないエクササイズでもある程度の濃度上昇が期待できるという説もあるようです。
脳がストレスを感じると分泌が増えることから別名「ストレスホルモン」と呼ばれています。
交感神経に働きかけ心拍数を上昇させ、運動機能を一時的に活性化します。
同時に糖新生を活発に起こし血糖値を上昇させる働きがあります。
その効力はとても強力で筋肉でのタンパク質分解も進むことから、ボディメイクの観点からは歓迎できないホルモンです。
社会生活を営むにあたってストレスを完全に切り離すのは難しいですが、適度な運動やリラクゼーションによりストレスコントロールをしてコルチゾールの分泌を意識的に抑えるのが望ましいと考えられます。
ただ、生命活動を維持するにあたって極めて重要なホルモンで、強力な抗炎症作用を持っており体内の炎症を抑制して治癒を促進する作用もあります。
【やさしい生理学】Vol.1で登場するたとえ話ですが、猛獣に襲われた人が飛び上がって逃げ出すときに、まさしくこのコルチゾールが働いたと考えられます。
「闘争・逃走反応」という生命の危機から脱する反応行動がありますが、心拍数と運動能力を瞬間的に引き上げ、強制的な糖新生によって緊急エネルギーを身体中にめぐらせることによって、爆発的な行動ができたわけです。
このコルチゾールの働きに感謝しなければならないと思います。
でも、なるべくストレスは溜めないようにしましょうね。
女性ホルモンにはエストロゲンとプロゲステロンの2種類があり、それぞれ重要な役割を持っています。
2つのホルモンの増減によって女性の身体には月経周期が形成され、それぞれのホルモン分泌量によってそのときどきの体調や精神状態に変化が現れます。
エストロゲンは女性らしい丸みを帯びた身体をつくり、子宮内膜を増殖させて妊娠の準備を整えたり、自律神経の働きを安定させ心身の調和を維持します。
また、女性特有の臓器だけではなく、血管や骨、脳、皮膚など全身に作用し代謝を好循環させる働きがあります。
そのためエストロゲンの分泌が多い時期は代謝が良く心身ともに好調で、ダイエットやボディメイクトレーニングの効果が顕著に出やすい傾向があります。
それに対してプロゲステロンは増殖した子宮内膜を成熟させ妊娠しやすい状態にし、実際に妊娠した場合にはその状態を健康に維持するために働きます。
妊娠を維持することが目的であるため、プロゲステロンの分泌量が高まると女性の身体は体温を上昇させ栄養や水分をたくわえようとします。
そのため食欲が増進し太りやすくなったり水分をため込んでむくみやすくなったりしますので、ダイエットなどの効果は目に見える形には表れないことが多いのです。
それらは女性の身体特有の正常な反応であるので、決して努力が報われていないと考えずにモチベーションを維持してまいりましょう。
エストロゲン優位に戻ればまた良い結果が出てきます。
これまでご紹介した各種ホルモンはそれぞれ個別の特徴があり、身体にもたらす代謝作用もそれぞれに専門特化しています。
それに対して最後にご紹介する甲状腺ホルモンは生命のトータルサポートホルモンと言えるでしょう。
個別の器官というよりは身体全体に作用する特性を持っています。
血流に乗って全身の細胞にまで行き渡り全ての器官の新陳代謝を活性化します。
たとえば神経系に作用したならば、脳の発達や思考の活性化をもたらしたり、骨格筋に作用したならば、筋力維持や強化に貢献します。
子供においては身体全体の成長・発育を助け、成熟してからも心臓や腸などを活性化し生命力あふれる肉体を維持してくれます。
甲状腺ホルモンが多すぎると代謝が過剰になりさまざまな弊害が出てきます。
逆に少なすぎると生命力を失ったようになり、代謝の低下によって太りやすくなったりします。
甲状腺ホルモンは私たちの生命活動全体を支える強力なホルモンですが、その分泌量のバランスが大切だと言われています。
いつもご自身の体調やわずかな変化に目を向けるようにして、バランスを保ってまいりましょう。
かつての私は知識も無く、やみくもに運動をして倒れました。
でも、そのときの苦しさは、スクールで学んだ生理学の理論どおりに身体が反応していることを、より強く感じさせてくれたのです。
またスクールで体系的に整理された知識を学ばなければ、自分の肉体感覚や体験した苦しみの理由がわからないままに、健康を害していたかもしれません。
ミクロの世界は目に見えませんが、ここには確実に私たちの身体を支配している原則があります。
それを知ることによって、よけいな苦しみや回り道をせずに健康的にボディメイクを楽しみ、理想とするライフスタイル思い描くことができるのです。