コラムを書いた人
伊藤政洋
トレーナーズラボ第14期生の伊藤政洋です。
「がんばっているのに体脂肪が減らないな~。」
「筋肉ってなかなかつかないんだよね~。」
「なんか、逆に太ってきたみたい!?」
私の体、どうなってるの~!?ってわめきたくなったことありませんか?
お読みいただいてありがとうございます。
パーソナルトレーナーの伊藤政洋です。
人間は様々な食べ物を食べ、消化し、栄養を体内に取り込みます。
その栄養は細かく分解され、ときにはエネルギーとして使われます。
ときには再び合体し、骨や筋肉など身体をつくる材料として活躍します。
そして、使われなければ脂肪として蓄積されるのです。
これを私たちは「代謝」と呼びますがその営みは、はっきりと手にとって見えるものではありません。
これからご紹介する「生理学」は、私たちが自分の目で見ることはできない身体の内部で起こる様々な生体活動を化学的に解き明かしていくものです。
私たちパーソナルトレーナーはこの生理学を頼りにして、お客様の身体にとって最適な運動や栄養のことをご案内することができるのです。
このコラムでは生理学の基礎知識についてできるだけ専門用語をはぶき、簡単な言葉を使ってご説明してみたいと思います。
この知識は皆さんの身体作りにきっとお役に立つと思います。
私たちが食べ物から取り入れている栄養素は炭水化物(糖質)、たんぱく質、脂質の三つで構成されており、これらを三大栄養素と呼びます。
ビタミンやミネラルなど微量栄養素も大切ですが、エネルギーを生み出したり、身体の材料となることができるのは、あくまでもこの三大栄養素しかないのです。
ところが私たちの身体は、三大栄養素をすぐにそのまま利用することはできません。
消化し、細かく分解し、利用できる形に変換しなければならないのです。
三大栄養素を異なる形に変化させるこの作用を
「異化作用(カタボリック)」 と呼んでいます。
では「利用できる形」・「異なる形」とはなんでしょうか。異化作用によって最終的には何が生み出されているのでしょうか。
それが、「ATP」という小さなエネルギー伝達体なのです。
ATPとはエネルギーを封じ込めたカプセルのようなもので、水と反応することによってはじけてエネルギーを放出します。
重いものを持つときも、ゆっくり歩くときも、寝ている間に心臓を動かすにも、全ての筋肉活動においてこのATPが使われています。
ATPはまるで人体の中を流通する通貨のようだと例えられます。
「通貨」が「価値」を運び経済活動を活発にするように、「ATP」は「エネルギー」を運び生命活動を活発にするのです。
もしもATPが無くなってしまったら、私たちは生命活動を維持することができません。
そこで、私たちの身体はいついかなる時でもATPを確保しようと、様々な方法を編み出して進化してきたのです。
次の項目では、ATPがどのように作り出されるのか、代表的な3つのATP産生機構についてご紹介いたします。
たとえば、自然界で猛獣に襲われたとしたら、ギャッ!と飛び上がってダッシュして逃げますよね。
その全力疾走はわずか数秒しかもたないはずですが、命が助かる確率がグッと高まります。
そのような短時間、瞬発的、爆発的なハイパワー運動ができるのは、「ホスファゲン機構」というATPを再合成する仕組みがあるおかげなのです。
現代の私たちは猛獣に襲われることはまずありませんが、100mを全力疾走したり、ハンマー投げをしたり、おもいっきりジャンプをしたりするときにこのホスファゲン機構が働きます。
また、強い力の発揮だけでなく、私たちが座っている状態から立ち上がったり、止まっている状態から歩き出したり、すべての身体の動作の最初に働くのもまたこのホスファゲン機構です。
すでに筋肉の中に貯蔵されているATPがエネルギーを放出してくれることによって、止まっている身体を瞬時に動かすことができるのです。
ところが、私たちが普段筋肉の中に貯蔵しているATPは少ししかなくて、急激に運動を始めるとわずか2秒ほどで枯渇するといわれています。
それでは猛獣から逃げ切れませんよね。
せめてもうあと数秒ダッシュしたいところです。
そこでホスファゲン機構は、新しくATPを作っている時間がないので、エネルギーを放出してしまったATPに再びエネルギーをくっつけて再合成する仕組みを進化させてきたのです。
このATP再合成の仕組みによって私たちは2秒で枯渇してしまうATPをさらに6秒~8秒ほど使うことができるようになりました。
これで生き残れる確率がグッと高まったというわけです。
この素晴らしいホスファゲン機構を機能させている立役者たちを下の略図に表してみましたのでイメージを膨らませてみてください。
ホスファゲン機構で作られたエネルギーを爆発させ、猛獣の牙からダッシュで逃げる事ができたとしましょう。
しかし、約8秒後にバッタリと倒れるのでしょうか?
それではやっぱり猛獣に食べられてしまいます。
そこで私たちの身体はさらに動き続けるためのエネルギー供給機構を進化させてきました。
爆発的なダッシュから、少し力を落として走り続ける能力を獲得したのです。
それが「解糖系機構」。
筋肉や肝臓に貯蔵されている糖を分解してATPを作り出し、筋肉に供給し続けることができる仕組みです。
現代の運動に例えると400m~800mの距離をスプリントしたり、ハードな筋トレをしたり、肉体感覚としてはとてもつらい運動領域です。
このつらい運動領域においては、同じ解糖系機構のなかでも「速い解糖」と呼ばれる回路が働き、体内の糖から最速でATPを作り出すのです。
ここで言う「体内の糖」とはなんでしょうか。
それは、普段私たちが食べているごはんやバナナ、お芋など、炭水化物を消化して「糖」の形で貯蔵している栄養素のことです。
肝臓や筋肉の中に貯蔵している糖の塊のことを「グリコーゲン」と呼びます。
また、グリコーゲンをばらばらにしてすぐに使える一粒の状態になった糖を「グルコース」と呼びます。
このグルコースが血液中を巡回して、脳やいろいろな内蔵が活動するためのエネルギーを供給したり、疲れてグリコーゲンがなくなってしまった筋肉に再びエネルギーを充填するのです。
この「グルコース」は別名「ブドウ糖」や「血糖」などと呼ばれますが、このほうが聞き慣れている方も多いかもしれませんね。
疲れた筋肉のなかでグルコースは「ピルビン酸」へと姿を変えます。
この代謝の途中でATPを生み出し筋肉にエネルギーを与えた後、ピルビン酸は「乳酸」へと変化していきます。
その後乳酸は血液の中に戻り、肝臓へと運ばれて行きます。
肝臓へ到着すると乳酸はグリコーゲンとして再合成され再び活躍のときを待つのです。
血液中に乳酸の濃度が高まると、脳下垂体前葉より「成長ホルモン」が分泌されます。
この成長ホルモンは体脂肪の燃焼や、筋肉の合成を促進するとても重要な性質を持っているのです。
これぞ人体の神秘。
危機的状況に追い込まれ、つらい運動に耐え続けると身体はみずからを強くするシステムを発動させるのですね。
実は私たちトレーナーはこの生理学的理論に基づいてお客様にちょっとつらい思いをしていただきます。
猛獣に追われるよりかはいいですよね。
さあ、ここまで走れば危機は去ったか思いきや、猛獣はまだあきらめません。
私たちが弱って立ち止まるのを狙ってトコトコついて来ます。
それでも大丈夫。
私たちの身体は次に「遅い解糖」と呼ばれるエネルギー供給機構を発動させて、力は抑えるものの、長く走り続けることができるモードに切り替わっていきます。
現代の運動に例えるとジョギングや軽い筋トレなど。
この「遅い解糖」は次にご紹介する「酸化機構」とシステムを共有します。
心臓バクバク・ゼーゼーハーハーの苦しい運動領域から脱し、呼吸を整えることによって、身体中に新鮮な酸素が行き渡るようになります。
酸素が十分に使える状況になると、グルコースの代謝物であるピルビン酸は、乳酸に変化するのではなく「ミトコンドリア」に送られます。
ミトコンドリアはピルビン酸と酸素を使い、よりたくさんのATPを生み出してくれるのです。
ここまでのご説明で、「解糖系機構・速い解糖・遅い解糖」に登場する役者が出そろいましたので、略図をご用意いたしました。
イメージ膨らませてみてください。
ついに、猛獣ははるか遠くに離れ、もう襲われる心配はありません。
ゆっくり歩いて今日の寝床を探します。
ちょうどいい洞穴があったので休ませてもらいましょう。
私たちが休んでいても心臓を始めとする大切な臓器たちはずっと働き続け、呼吸は止まることがありません。
私たちは生命を維持するだけで相当なエネルギーを必要とするのです。
これを「基礎代謝」と呼びます。
この「基礎代謝」を支えたり、ウォーキングや軽いジョギング程度の低強度運動を長く継続するときには「酸化機構(有酸素性機構)」というシステムが働きます。
この「酸化機構」の主役は「ミトコンドリア」。
私たちの身体を構成しているほとんどの細胞に存在している小器官です。
十分に酸素を取り込める環境下で活発に働き、三大栄養素を取り込んで大量のATPを産生してくれます。
運動を継続しているうちは前項にてご説明した「遅い解糖」、すなわち炭水化物=糖質の代謝を優先します。
運動をやめ安静にしている状態になると、脂質の代謝が70%、糖質の代謝が30%という割合に切り替わって行きます。
タンパク質については主に身体を形作る材料となりますので、この「酸化機構」でエネルギーに変換される割合は低いと考えられています。
炭水化物はピルビン酸、脂質は脂肪酸、タンパク質はアミノ酸へと形を変え、最終的にはみなそれぞれ「アセチルCoA」という物質に変換されていきます。
最終的にこの「アセチルCoA」が「ミトコンドリア」内部にあるクエン酸回路にて代謝されることによって、大量のATPが生み出されるのです。
一日中走り回って身体はヘトヘト。
食事をする暇もありませんでした。
仕方がないのでお腹ペコペコのまま眠ることにします。
この人の身体になにが起こるのでしょうか。
一日中がんばった結果、肝臓や筋肉に貯蔵されていたグリコーゲンがほとんど無くなってしまいました。
血液中のグルコースも残りわずか。
身体はこの状況を「長期の飢餓状態」と認識します。
当の本人は、「明日村に帰ったらお腹一杯食べよう」なんて思っているのかもしれませんが、身体のほうは「緊急事態!飢餓モードに切り替えろ!」という防衛体制に入ってしまいます。
それが、筋肉を分解・異化して糖(グルコース)を作り出す「糖新生」。
ボディメイクにたずさわる私たちが一番避けたい「こわい異化作用」です。
血糖値が著しく低下した際に糖以外の物質から糖を生成し血糖値を上げ、体内のエネルギーレベルを一定に保とうとする現象で、主に肝臓において行われます。
長期の飢餓状態、もしくは90分以上運動が継続されている場合に発生します。
糖以外の物質とは、筋肉を構成するタンパク質(アミノ酸)、解糖系の代謝で生み出された乳酸、そして中性脂肪があげられます。
「おいおい、それじゃあ中性脂肪を先に分解してくれよ。」と言いたくなりますよね。
ところがそう都合よくはいきません。
身体は「長期の飢餓状態」と認識しているのです。
「爆発的な運動能力」よりも、「飢え死にしないこと」を最優先事項として反応します。
つまり筋肉を犠牲にしてでも、長く生きながらえるための脂肪を守ろうとするのです。
しっかり食べずにがんばりすぎて、筋肉が細くなってしまう方。
やせたいばっかりにちゃんと食べずに運動をがんばってしまう方。
知らず知らずのうちに「糖新生」が起こって、自分の身体を痛めつけているだけになっているかもしれません。
無事に村へ帰り、おいしいものをいっぱい食べることができました。
過酷な運動と、飢餓状態を乗り切って、今はお腹いっぱい幸せです。
このたとえ話もこれにて終了といたします。
それでは、三大栄養素が十分に行き渡り元気いっぱいATPがフル満タンになった身体はそのあとどうなっていくのでしょうか。
それはあたかもお金がいっぱい循環し、立派なビルが立ち並ぶ経済大国のようです。
次々と新しいインフラが整備され、街は豊かに大きくなっていきます。
つまり、筋肉や骨や血管など、身体を構成する大切な組織を作り上げるためにエネルギーが使われ始めるのです。
ここで再びエネルギー通貨であるATPの登場です。
異化作用によってばらばらに分解された三大栄養素は、ATPによってエネルギーを注ぎ込まれることによって、再び必要な形へと再合成されてゆきます。
これを「同化作用(アナボリック)」と呼びます。
「必要な形」とはなんでしょうか。
それはつまり筋肉や内蔵、血液やホルモンにいたるまで、人間の身体が必要とする構造物のすべてを形作る素材のことをいいます。
例えば栄養をしっかり摂って筋トレをがんばると、身体は筋肉が必要だと認識して、同化作用を活発に行ない、筋肉の基となるタンパク質を再合成してくれます。
これぞ、私たちトレーニーが追い求める筋タンパク合成ですね。
一方で、必要な分以上にいっぱい栄養を摂って余ってしまったら、身体はどうするのでしょうか。
「いつかまた飢餓状態が来たら困るから大事にとっておこう。」と判断するのです。
つまり余った栄養素で体脂肪を再合成し、せっせと備蓄してゆきます。
これも同化作用の一種です。
筋肉はほしいけど、体脂肪はいらないよ!
と、いくら私たちの頭が考えたとしても身体は言う事を聞いてくれません。
身体は淡々と生命維持のシステムにのっとって営みを続けて行きます。
私たちはこのシステムを知って上手く利用しなければ、理想とする身体づくりができないのです。
ここまで生理学の基礎についてご説明させていただきました。
冒頭で、できるだけ専門用語を使わず簡単にご説明したいと書きましたがなかなか難しく、つい長くなってしまいました。
栄養素や分子たちの反応や動きはミクロの世界の出来事で、実際に見ることはできませんのでイメージが湧きづらいですよね。
でも、なんとなくでも自分の体内でおこっている現象について思いをはせることができたなら、きっとボディメイクも楽しく、効果的に取り組めるのではないでしょうか。
実際に自分がダイエットやトレーニングを実践していると、体内で現実に起こっている現象なのだと、理論ではなく身体で感じることができます。
分子の姿は見えなくても、少しづつ変化する自分の体を鏡で見ることはできます。
次はぜひ皆さんとその感覚を共有できれば幸いです。